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札幌地方裁判所 昭和51年(ヨ)434号 決定 1976年8月02日

債権者

栗生敏治

外一名

右両名代理人

入江五郎

債務者

本間義男

外三名

主文

本件仮差押申請を却下する。

申請費用は、債権者らの負担とする。

理由

一本件仮差押申請の趣旨及び理由は、別紙記載のとおりである。

二本件仮差押申請は、債務者らが債権者に対して暴行、脅迫などを加え、傷害を与えたとして、債務者らに対して不法行為に基づく慰藉料請求権を被保全権利とする有体動産の仮差押えを申請するものである。

ところで、債権者提出の疎明によれば、右事件は、申請外林興業株式会社帝産ハイヤー事業部と申請外帝産自動車労働組合との間の賃金増額要求等をめぐる労働争議中に発生したものであることが認められるが、債務者らが債権者らに対して傷害の原因となる暴力行為にどのように加担したものであるか明らかでなく、当然、債権者らの侵害が発生した状況等については、当事者間に争いが存するであろうことが容易に予測される。そして、本件が、一般の民事、商事の事例と異なり、前記のように労使紛争に伴う事件であるとすれば、たとえ債務者らが債権者らに対して傷害を与えたことにつき責任を負うとしても、債務者らが直ちに自己の財産を隠匿して債務者らからの追求を免れるべく措置を講ずるとはたやすく考えられないし、また、債務者らが本件を起こしたために解雇されるなどして急激にその資産状況に変化が生じ、そのため他にも債務を負つて財産を隠匿するおそれがあるといつた状況も認められない。以上のような諸事実をあわせ考えると、債権者ら提出の疎明をもつてしては、未だ保全の必要を認めることができず、かつ、保証を立てさせて疎明に代えることも相当でないから、本件仮差押申請は却下することとし、申請費用の負担につき民訴法第八九条、第九三条第一項本文を適用して、主文のとおり決定する。

(安達敬 星野雅紀 古川行男)

請求債権の表示

別紙請求債権目録記載のとおり。

【申請の趣旨】

債権者らの債務者らに対する前記債権の執行を保全するため、右金額に達するまで債務者ら所有の有体動産を仮に差し押える。

【申請の理由】

一、債務者竹埜、同大山及び同奥崎は、いずれも申請外林興業株式会社帝産ハイヤー事業部の自動車運転手をもつて組識する帝産自動車労働組合(以下「組合」という。)の組合員であり、債務者竹埜は執行委員長、同大山は書記長、同奥崎は副委員長である。

また、債務者本間は、組合の労働争議支援のため派遣された札幌ハイヤー労連の書記長である。

二、組合は、昭和五一年四月七日から林興業株式会社との間で賃金増額要求等の団体交渉を行なつてきたが、交渉が仲々進展しないことに業をにやし、同年六月九日から会社幹部を監禁し、機動隊に救出される事態があつた。

そして、組合は、同年六月一一日以降、札幌市豊平区月寒中央通二丁目の同社林自工事業部の建物を占拠して、四八時間ストライキを反復して行なつてきた。

三、債権者八重樫は、昭和五一年五月一日、林興業株式会社帝産ハイヤー事業部の責任者に任命され、債権者栗生と共に、同月以降札幌市豊平区月寒中央通一〇丁目の当事業部に勤務していた。

四、昭和五一年六月三〇日午後五時四〇分ころ、債務者らを含む総勢三〇名余りの組合員は、突如、帝産ハイヤー事業部建物に乱入し、債権者ら外二名の者を強引に地区労の宣伝カーに押し込んで拉致し、他の組合員が待ち受ける林自行事業部に連行して監禁し、第五項ないし第七項記載のとおりの暴行、脅迫を加えた。

五、まず、組合員八、九〇名の居並ぶ林自工事業部建物三階シヨールームの最も奥の方に座らせ、債務者本間が、一方的に債権者ら外二名に対して質問をあびせ、威嚇的態度を示した。債権者ら外二名が一切返答しないでいると、同日午後六時三〇分ころから、債務者らの指揮のもとに組合員が交互に債権者らに対し、左記暴行を加えた。

1 後ろに回つて頭を手拳で殴り、椅子を足蹴りにし、角材で横腹を小突くなどした。

2 債権者らの口にマイクロホンを押し入れるなどしたため、債務者栗生は、口内に裂傷を負つた。

3 債権者らの顔に絵具を塗りつけた。

六、同日午後七時ころから、「一番」から「四番」までの番号札を債権者ら外二名の背中に張りつけ、三〇分以内に返答しなければ、順次より以上の暴行を加える旨威嚇した。

債権者らがこの間発言しなかつたところ、債権者栗生を別室に連れ込んで、組合員七、八名が殴る、蹴るの暴行を働き、果ては、野球のバツトで頭を殴りつけるなど六、七分間にわたつて暴行を加え、右シヨールームに連れ戻した。

その後、債権者八重樫も別室へ連れ込まれそうになつたとき、債権者栗生が同八重樫の身を案じ、全部返答する旨申し出たので、債権者八重樫は、辛うじて危機を脱することができた。

七、同日午後七時四五分ころになつて、急を聞いて警察官が駆けつけた(これも、玄関前で組合員に立入りを阻止されていた。)ことや、組合側の弁護士も加わつたことで、組合員が暴力をふるうことはなくなつた。しかし、依然として監禁状態は変りなく、午後一〇時ころ、債務者竹埜が用意した「陳謝文」に署名させられた後、債権者ら外二名は、ようやく解放された。

八、債権者栗生は、右のとおりの暴行を受け、解放直後に倒れたので直ちに病院に収容したところ、脳挫傷、頭部、頸部、背部、腰部、胸部、右下腿各挫傷、右拇指につきゆびの傷害を受け、加療一か月間との診断であつた。

また、備権者八重樫は、左手中指に裂傷を負つた。

九、前記行為は、すべて組合執行部である債務者らの指揮のもとに行なわれたものであり、債務者らは、共同不法行為責任を負担する。

一〇、債権者らは、多勢の組合員に取り囲まれ、長時間にわたつて暴行、脅迫を受け、生命の危険すらもあつた。

よつて、債権者栗生の精神的、肉体的苦痛を慰謝するには、一〇〇万円が相当であり、同八重樫のそれは五〇万円が相当である。

一一、債権者らは、債務者らに対して慰藉料請求訴訟を提起すべく準備中であるが、債務者らは、いずれも資力がなく、財産を隠匿するおそれも多分にあるので、本件仮差押申請に及んだ。

【請求債権目録】〈省略〉

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